あらためまして あんぽんたん

得意なことは「とりあえず続ける」です。

どうしたってあらがえぬもの

ドラマとか映画や小説みてて、ストーリーの展開や台詞なんかを聞いて面白い・面白くないの枠を超えて「この作り手と自分は気が合いそう!」と感じることがある。
たとえどんな展開であってもしっくりくるというか。ある程度、予想した通りに事が運ぶだとか。
最終的には、お話の意味とかよく分かんないけど作品全体をぎゅーっと抱きしめたくなるような衝動に駆られたりする。
良作もだけど、たとえ駄作であっても「あなたの言わんとしていることは分かります……」ってときがある。
たとえば、ジブリのゲ○戦記とか。あの映画はストーリーが破綻してるけど、言わんとしていること、苦しんでいることは分かる。監督の後続作品も見ると……分かる。言わんとしてることは。

逆に、なにを言っているのかまっっったく理解できない作品もある。作品として破綻しているわけじゃないのに、お話全体が自分の感覚や考え方とまったく合わなくて、なんでそうなるのか理解できなくて苦しむ作品。
たとえば、特撮の○条脚本の作品。あの方の書く話は途中までは理解できるのに……気づいたらぜんぜん違う場所に立たされている。Wもドライブも。
同じ日本語なのに、他言語のように感じるぐらい距離がある。
これも駄作だから…ではなくて、「面白かったな………でも、なんか感覚合わないな」ってなるの。

これってたぶん、『運命の相手に巡り会えた』or 『生理的に受け付けない』ってやつなのかも。

で。本題なのだけど、親しく付き合う友達って“遺伝子的に自分と近い”らしい。無意識のうちに近い人を選んでるらしい。
友達との仲の良さを「私達、まるで姉妹みたい!」って表現する人いるけど、実は本当に先祖の先祖の先祖の先祖の先祖の……先祖の先祖あたりで血が繋がっているケースがあるそうです。マーニーみたいな話だ。
ネットを通じて出会った場合もそうなのかなー?って疑問だけど、まあ、趣味が似てると生活パターンが似ているのも確かか。

だから、映画や小説でよく分かんないけど共感しちゃうとか好きだなーって思うのも、もしかしたら、作り手と感覚だけじゃなくて遺伝子的にも近いのかもしれない。
じゃないと『うわ!!この作者が作るもの、ぜんぜん理解できない!』って苦しむときの説明もつかないから!!

ああ、遺伝子はよく分かんないがなんとなーく思うのは「冬生まれ」の感覚は漠然と感じ取れる。作り出したものを見て「この人、たぶん冬生まれだな」って調べるとそうであるケースが多い。冬生まれだなとピンとくるのは、自分と同じような思考パターンや感性が伝わってきたときだわ。
気が合いそうな作り手、もっと見つけたい。

また明日も何卒。