あらためまして あんぽんたん

いまはかわいいものをかくブログです

前提としてもっと平和であれ!

災害の映像って見て教訓にしなくてはと思う反面、あまりにも真剣に向き合ってしまうと具合が悪くなってしまう。
正常性バイアスとの折り合いもあるけどさー。

恐怖を感じる脳ミソの部分って、とても原始的で、いうなれば人間の『動物』な部分。
一方、テレビやラジオはたかだか90年ぐらいの歴史。科学技術の進歩なんて『動物』は理解してくれない。
『いま目から入ってくる光景は、遥か遠く離れた土地で起きていること(しかも特に被害がすごかったところ)で自分自身は安全である』なんて高度なことは理解できない。
刺激の強い映像を見ていて無意識のうちにドキドキして手に汗を握るのは、脳ミソの恐怖をつかさどる部分が『これは命の危険があるかも!』と防衛の準備をするから。
この防衛準備が過剰になると、具合が悪くなったり、呼吸が浅くなったり、恐怖心にとらわれすぎて気がふさいでしまう。
安全な場所でテレビを見ているだけなのに。

震災で身を持って体験しているのだけど、渦中にいる人たちより、外でテレビを見ていた人のほうがよっぽど神妙な顔をしてることがあるんだよね。渦中の人は全員が全員ひどい被害にあってるわけじゃない。

だから、被害のひどかったところに何かできないもんかと考えつつも、
テレビやニュースを見るのはほどほどに、自分の生活をたもつっていうのも必要っていう。

かくいう自分は他人の痛みや泣き声にかなり敏感で、そわそわしている人が近くにいると自分までそわそわして、ストレスに弱い。ビビりやすい性質というか。
いまはそれを理解したので、
教訓になるような映画や映像は体調と心の調子がいいときに『見るぞ!いっせーのせっ!』って見るぐらいがいい。
逆にだめだ!ってなったら即やめる。
原始的な恐怖心がギブアップする前に、早めの段階でやめる。
外側から問答無用で「見なさい!」と叩きつけられるのは勘弁なのだ。

また明日も何卒。